2022年08月10日

『月刊石材』2022年8月号
耐震性のある石垣の補強対策工法を構築
石工技能の経験値も必要


文化財石垣・石積捕壁補強技術協会(橋本隆雄会長 国士舘大学理工学部教授)は、「城壁及び伝統的建造物群石垣の孕み等の変状に対して施工・模型実験、高度な解析により、美観を損わずに耐震性を向上させる石垣の補修・補強対策工法を構築し、その技術を広く全国に普及させること」を目的に、2020年に設立した団体である。

会員数は現在、正会員が21社で、士木業者、産業資材製品メーカー、建築物や構造物の調査会社などで組織する。特別会員として金沢学や国士舘大学などが名を連ねる。

「熊本地震(2016年、最大震度七)が発生し、文化庁が熊本城へ最初に調壺に入ったとき、私は専門家として同行しました。石垣の崩れ方はひどく、『地震がたまたま夜中に発生したからよかったけれども、日中であれば人命を多数落とす被害が出ていた。そのなかに外国人観光客がいたならば、国際問題になったのでは』と思いました。熊本城だけのことではありませんが、石垣の補強をしつかりやっておかなければいけないと、そのときに痛感しました」

橋本教授は、文化財石垣などの補強の必要性を改めて認識したきっかけをこう話す。石垣崩壊の写真等を見れば、これまでに人的被害がないのは不幸中の幸いであり、何らかの補強対策が求められるのはいうまでもない。

橋本教授はいまから十五年ほど前から石積みに関する研究を行なっており、現在は(公社)土木学会における地震工学委員会の「城郭石及び石積擁壁の耐震診断・補強に関する研究小委員会」の委員長も務めている。全国には石垣が孕むなどして崩壊の危険性のある石垣が数多くあることから、その耐震診断の必要性について文化庁と打ち合わせもしている。

「これまでは『補強よりも、手で積む方が安全』という認識が一般的でしたが、本当にそれでいいのか、と。人命を落としてからでは遅いと思いました。加藤清正公は慶長伏見地震(1596年)以降に、石垣が地震に耐えられるよう直線的な形状から曲線的にしました。絶えず新しいものを追い求めていたはずなのに、いつのまにか伝統を重んじるようになり、石垣も元の状態に戻すだけになってしまいました。

仙台城(宮城県)の石垣は地震のたびに崩ています。『それが歴史』という先生もいますが、石工さんの石積みがいくら素晴らしくても、形状や地盤に問題があるところは七回も八回も崩れています。崩れる危険性がわかっていれば、立ち入りを禁止するほか、補強を考えなければならないということです」

熊本城も前震で崩壊した十ヵ所は、すべて過去に修復した場所で、1966年から2015年までに修復した八割以上が再び崩壊していた。また、丸亀城(香川県)の石垣は、2018年7月の西日本豪雨及び同年10月の台風二十四号で修復した場所が孕みだし、三度目の崩落が発生していた。

「修復したところが崩れているということは、元の状態に戻すだけではダメで、補強する必要があるということです。では、その修復方法でが、仙台城ではジオテキスタイル(オグリッド、ジオネット、織布、不織布等の面〈網〉状補強を用いて土壁の補強および盛土の補強を目的とし、工法には、主に補強土壁工法、補強盛土工法等がある)を入れているところは孕みで留まっており、しっかり入れれば、孕みもなかったと思われます。ジオテキスタイルの効果的な使い方は今後、現場の石工さんと一緒に考えていく必要があると思っています。もちろん伝統的な技能は大切ですが、その技能を現代の工法とマッチさせていくことも必要でしょう」

橋本教授はこう話し、現代の補強工法でも石工技能の必要性を語る。石垣におけるジオテキスタイルの使用は石や栗石の大きさなどによって違いがあり、ケースバイケース。石工の協力を得ながら使用方法を考える必要があるのだ。

ジオテキスタイルを使った石垣などの耐震実験はすでに行なわれており、その効果は実証済み。耐候性、耐寒・耐熱性に優れており、耐衝撃性も高く、熊本城の石垣(一部)でも使われているという。

「室町時代に元(中国)の攻撃を防いだ石累のような石積みは崩れやすく、熊本城では八割は崩壊しています。また熊本城でいえば、『武者返し』と呼ばれている石垣のうち、勾配が下から立ってきてきつくなる上部が崩壊しています。地盤でいえば、盛り士、谷部、旧河川、強風化している場所のうえにある石垣は崩れています。断層があるところもそうですが、地盤が弱いところは何度も石垣が崩れています」

石垣が崩壊する原因について、橋本教授はこう話す。形状と地盤が問題で、石垣の崩れ方から原因が判明することもあり、熊本城ではその崩れ方から断層を確認するに至ったそうだ。墓石の耐震化も同じであるが、当然ながら石垣でも地盤から調査する必要があるのだ。

「ジオテキスタイルは修復の際に有効ですが、崩れる前の石垣や石積擁壁の補強については、一般的な鉄筋挿入工法ではあまり効果がありません。やはり、筒状固結体工法等の新技術を組み合わせて開発していくことが必要です。当協会では、皆が使える技術を目指しています。これまでに公開した技術を、特定の業者に特許申請を出されたために、使えなくなることがありましたが、今後は特許を出願して、その技術を皆が使えるようにしていきます」(橋本教授)

筒状固結体アンカーエ法を用いた耐震補強対策は、岡山県矢掛町脇本陣石垣護岸や静岡県伝統的建造物群の室町時代の石垣(静岡県焼津市花沢地区)、神奈川県横浜市のブラフ擁壁で予定されている。地球温暖化の影響による降雨量の増加や大規模な地震が多くなっているため、宅地擁壁の被害が増えており、自治体からの相談や要望も多いそうだ。

「東海地簑、南海・東南海トラフ地震は、今後年間のうちに80%の確率で発生するとの予測が出ています。太平洋沿岸には多くの城壁石垣があり、それらが一斉に崩壊する恐れもあります。文化財石垣の城壁や石積擁壁を、地震や豪雨が発生しても崩壊しない耐震性や耐候性を持った新技術を用いて、外見上は補強しているのかわからない対策を目指しています。そして、私どもは石そのものを扱っているわけではないので、石材業界の方はもちろん、石垣に関わるさまざまな方と一緒になって補強工法を進化させていければと思います」

橋本教授は「墓地や墓石に関する補強についても相談に乗ります」という。墓地・墓石に関しては、石材業界でも耐震施工は進んでいるが、石積みはもちろん、石造物の化は石材業界として必須事項である。そして石造物の耐震化が進めば、石工技能士が活躍する場も増えるはずであり、技術の継承も自ずと進むであろう。

同協会へ入会すれば、補強に関するさまざまな情報が得られるはずである。誰でも入会できるということから、石工技能の進化を考えるうえでも入会するメリットはあろう。

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